2017年11月06日

第3週目:いよいよ授業開始

先週までの期間は本当に準備期間という感じだったけれども、やっと待ちに待った?授業開始。とは言いつつ、やはりそれぞれの先生との授業が初めてだったりするのでイントロダクション的な要素もかなり多い。

うちの学校の仕組みとして、15コマ(1コマ90分)程度の授業で1モジュールが構成されていて、2モジュールを6週間で授業し、最後の1週間でテストをする。というサイクルを1年間繰り返して修士の講義部分は完了となる。上級生の話によると、この構成が辛い時もあれば、日本の大学の様にテスト時期やレポートの提出時期がそこまで重ならないのでモジュールごとにテストやレポートにそこそこ力を割くことができるというメリットもある。

先生たちは、学生を落とすための試験をするわけではないので、きちんと勉強していれば誰でも卒業は可能だが、計画的にレポートやテスト勉強を進めたほうが良い。と口をそろえて言う。

私のいるコースは社会学的な意味合いが強い内容で、研究論文や調査をしてその結果を文章にまとめる様なこともするので、他のコースの学生が数学で苦しんでいるのを横目に、論文検索したり、そのサマリーを作ったりする課題が出されている。私が大学生の時は、レポート用紙に手書き(!)で記入して、大学のレポート提出ボックスに投函するという超アナログだったし、論文検索も、インターネットで検索はしたけど構内に無かったら図書館を通じて依頼すると1、2週間で論文の写し(紙)が送られてくるという流れだったけれども、今や全てがpdfで管理され、論文管理のソフトも充実してるしもう、本当に自分は昔の人間なんだなーと実感させられる。

余談だが、働きだした頃にちょうど今の自分くらいの上司が「今の若い人は図書館で資料検索なんてしないでインターネットでなんでも揃うんだから便利だよね。昔は、必要な資料があったら市の図書館とか行ってたけどもうそんな必要ないもんね」と言っていたのを思い出して、ああ、あの時の上司はこんな気持ちだったのかなと思う。

授業は、Integrated Water Resource Management(統合的水資源管理)をテーマに、アフリカでの経験が豊富な教授の授業を受講していて、色々な裏話やずっと勉強したかったことを、昔勉強したことの復習と自分の経験とをつなぎ合わせていくような感覚で、たまに変な懐かしさを感じる。

お世辞にも真面目とは言えないし、成績もかなりひどかったので、なんとかそれを払拭するべく、この機会にもう一度勉強をし直して久々の学生生活を充実したものにしたいと、期待を込めて思わせてくれる授業始動の週であった。

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2017年11月05日

対日感情

うちの学校には、オランダ人の家族や個人で各国の生徒と知り合いになりたい人を紹介してくれるシステムがある。なかなかのマイノリティな私は、日本人と知り合いになりたいという、アジア好きの女性を紹介してもらった。

初めて会った時に思いがけずお花やオランダのお菓子をもらったり、色々とわからないことを聞いたりできてとても有り難いのだが、初めて会った時の別れ際に、オランダ人の戦争世代は日本人嫌いの人が多いからね〜。と、軽く言われて気になっていた。

ネットで調べたりしたけど、インドネシアに多くの人を送っていたオランダが、日本軍の侵略によって結果的に領土を失ったというのは分かったんだけど、そこまでの反日感情?という気がしたので、改めて違うオランダ人の方に聞いてみた。

インドネシアでは、日本軍の強制キャンプがおかれ、それなりの数の人が収容されたらしい。恥ずかしながら、全く知らなかった話なので、ちゃんと聞いておいてよかったなと思う。また、同じ人からは逆に、日本の若い人たちは戦争に対してどのような考えを持っているのか聞かれ、私個人はそれなりに興味があったから本を読んだりしたらけれども、他の人はあまり興味を持ってない人も多いかも知れない。と答えたけれども。。。本当のところどうなんだろうか?

その他の機会にオランダ文化についてのプレゼンテーションを通じて、オランダは人種差別的意識が特に上の世代で強く、人々は気付かないふりをしているというような話も聞いた。有色人種で移民2世の研究者は、以前プロジェクトのメンバー(オランダ人男性)との初顔あわせの際に、握手をしようとして手をだしたら、給仕の人と間違われてコートを渡されたというエピソードを披露してくれた。来てすぐの時に聞いた話だったから少し驚きだったけど、確かに街を歩いているカップルや家族を見ていると、あまり人種間の混合が無いように感じられる。ま、フランスとかと比べると移民の割合とかも低いのかもしれないけど。

LGBTに対して寛容ということで、勝手に人種差別も少ない国なのかと思ってたけど、色々と聞いてみれば裏があるような気がしてきた。その辺も生活していくうちに探っていけたらいいなー。

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2017年10月30日

第2週目:水をテーマにしたプレゼンと課外活動

2週目はオープニングウィークということで、”Pluralizing water”(様々な視点からの水)をテーマにしたプレゼンなどが続いた。水の歴史学、将来の予測、リモートセンシング、コミュニティでの水管理プロジェクトなど、うちの学校でやっている研究分野のうち、いくつかからポスドクや講師のプレゼンで、どれも面白かった。特に、水の歴史学ではメキシコシティの水利用の変遷がテーマで、個人的に江戸時代の物質循環と水利用と共通するものを感じた。プレゼンした人は、スペイン人の侵略で全てが壊されたと繰り返し言っていたけど、その土地の自然環境に基づいて長い時間かけて築かれた生活習慣が「文明化」という外力で壊される時にバランスが崩れるんだろうな。

他には、LibraGAMEという、グループごとに、架空の河川の「河川管理」「農業開発」「水道水供給」の3団体に分かれ、水不足や水質問題を解決しつつ、農業や産業による収入などを向上させることを目的として、それぞれの団体が管理する範囲のパラメーターを設定するというもの。簡素化されたシュミレーションプログラム(おそらく、エクセル計算でパラメーターを入れたら簡単に結果が出るように組んであるもの)にいれて、結果を競ったのだが、自分のグループは最終決戦に残れなかった。。。(ザンネン)

それぞれのプレゼンの後の質問タイムや、話し合いながら進めるゲームを通じて同級生の個性が見えたりするのも面白かったけど、来週以降の成績に関わる授業では超個性派ぞろいのこの人達とディスカッションとかグループワークとかやるんだよなー。と考える「面白そう」だけでは済まない予感がする。

最後の金曜日には、フィールドトリップということで沿岸部の保護集水域での水供給会社duneaのプレゼンとピクニック、オランダのフォークダンスもはさんだディナー(上級生によるとクリスマスディナーと同じくらい期待できるというもの!)で締めくくられた。

ここにきて、高校生の時に留学したいと母親に言ったら「せめて大学を卒業して、人として成長して社会性を身につけた後にしなさい」と言われたことを思い出した。実際問題としては経済的な部分が大きな障壁ではあったけども、学部卒ですぐここに来ていたら今ほど興味を持っていろいろなプレゼンに挑めなかっただろうし、討論する時に自分の意見や日本での仕組みとかインプットできなかっただろうなと思う。それに飲み会の時や雑談してる時にも今までしてきた仕事の話に限らず自分のバックグラウンドに興味を持って聞いてきてくれる人がいるっていうのは嬉しい。あとは、年下の子(ちなみに、おそらく同じ学年の9割以上が年下)に、自分の国で30歳前後でもう一度大学に行くなんてあまり一般的じゃないから留学するには歳をとりすぎたと思ってたけど、私みたいな人がいると勇気付けられる。というようなことを何人かから言われ(多分みんな女子)、そんな形ででも役立てるのなら嬉しいことだなと思ったりしている。

2度目の週末は、教えてもらったアジア系の食材スーパーと市場で買い物をしてのんびり料理でもと思ってたんだけど、アメリカではサンクスギビングにあわせて主に上級生中心にThanks givingのディナーに。それぞれの料理を持ち寄ってくれたのを頂く形に。前もって知っていたら自分も何か作りたかったんだけど、夕方に聞いたから。。。ということでマーケットで買ったチーズとワインを持って参加させてもらうことに。めっちゃ食べました!


それぞれのヒーロー、ヒロイン
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ライブジャズ@Jazz Cafe Bebop
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tasty raw fish!! @open market
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2017年10月22日

第1週目:コース概要と生活のセットアップ

修士留学というと、かなり自分でいろいろ用意して、学校が始まる前に住む場所を確保して。。。といろいろと面倒なイメージがあったんだけども、IHEは学校がかなりのことをしてくれる。生徒の大部分が、アフリカ、東南アジアからの参加者だということもあるけど、私にとっては少し過保護かなーと思うくらい。
銀行に口座開設に行ったら、仮のカードと口座番号がすでに用意されていたのには驚いたし、市役所への住民登録もわざわざ学校に来てくれるという至れり尽くせりぶり。ボートツアーやウォーキングツアーなど、いろいろなアトラクションが用意されているのはさすがという感じがする。

日曜日に着いてから、結構まったりとした時間をすごした後、木曜日にあったのが同じコースで勉強することになるコーディネーター(教授や講師)と、学生とのミーティング。ほかのエンジニアリング系のコースにはほぼ新卒?と思われるアジア系の学生(というか、中国の学生)が結構いるけど、うちのコースはそれなりに職歴がある人が多く、一番若くても20代後半くらいかな?という感じ。到着した日に空港から一緒だったインドからの学生も同じコースで、南米、中央アジア、東南アジア、アフリカといった構成。
まだ、自己紹介を聞いただけだけど、これから1年半一緒に勉強する仲間、いろんな立場でバックグラウンドの人がいて楽しみ。

金曜の夜はパーティーということで、9時くらいから多くの学生が住んでいる寮へ。あー、なんかこんなパーティーって久々だなーとか思いながら参加。一緒に行ったメンバーはみんなブラジル人でポルトガル語はなしてるし、会場にはアフリカ系の人たちも沢山来てるし、フランス人の学生もいて、久々にフランス語で話したら「なまりのないきれいなフランス語だね〜」なんていわれて嬉しくなったり、なんだか、過去10年間くらいを思い出させる要素が沢山あって一人感慨深くじーんとなった。

なんかそんな感じで、助走しているような1週間でした。来週もまだ、授業本体は始まらないので、スロースタートな様子。その間に生活環境の整備に集中します。
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2017年10月18日

オランダ到着:久々のヨーロッパ生活

なぜかシンガポール航空のチケットが手配されたため、24時間以上かけての長時間移動で東京からオランダへ。ヨーロッパがこんなに遠く感じたのは初めてだった。

学校が始まってから2日が経過したところだが、まだオリエンテーションとか銀行の手続きや住民登録などを順番にやってるかんじで、早くも明日は午後からしか用事がないという、なかなかのスロースタート具合。学生の9割くらいが途上国から来ていることを考えれば、銀行口座開設や、滞在許可などひとつずつきっちりやって行ったほうが後々問題にならないからいいのかも知れない。(とは言いつつ、きっとどこかで問題になる人たちもいるんだろうけど。。。)

時間があるのをいいことに、とにかく生活環境を整えようというかんじで、調理器具や部屋の整頓用の家具など、最初の投資は(ある程度節度を持って)それなりにする!というポリシーで今日はかなりの買い物三昧。ヨガマット、寝具(備え付けのだけでは冬は乗り越えられないとよんで!)とともに、staubにまで手を出す始末。ちゃんと自炊して、取り戻すぞ。

まだ、来て3日しか経ってないけど、旧市街の中心部に住んでいるということもあって日常生活圏内に車が少ないのがすごく気持ちいい。
それと、トラム(路面電車)と歩道や道路が交差しているところにも踏切がなくて、どこでも渡れるようになっている。オランダに限らず、ドイツやフランスなどヨーロッパの車社会からの脱却を目指している街では、日本であれば「事故が起きたらどうするの?」という声がでてきそうな構造でも、うまくまわっている感じがする。
そういう様子をみると「自己責任」という言葉が頭に浮かんでくるけれど、日本で聞くこの言葉は管理者の責任回避の意味合いが強く感じられるのに対して、こちらではみんな自分の行動に責任を持つのは当たり前。という管理者・利用者双方が対等な関係があるように感じる。

ヨーロッパが好きだからかなり贔屓目も入っているかもしれないけど、日本の街も形だけ真似するのではなくて思想も一緒に取り入れて行けないものかと思う。

以下、街の様子(といいつつ、上に書いたようなことは何も写していないですが。。。)と、今日買ったものの一部など。
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2017年10月07日

チケット到着、指紋認証

フルマラソンが終わって生ける屍のような状態の時に、やっとチケットが送られて来た。早めに座席指定!と思ってチェックしてみたら、ノーマル料金の席は真ん中席しか空いていない。そりゃそうだ。あと10日だもの。

奨学金で多少の旅費も出るようなので、ちょっと奮発して有料のエコノミー最前列の通路側席を確保!成田からオランダまで125ドル也。

結構な確率で、赤ちゃん連れとかが居たりするけど、まぁ仕方ない。ノイズキャンセリングヘッドホン持ってこうかな。


そして、9月末日に「10/6日までにオランダ大使館にて指紋認証するように!」とのお達しがあった件については、大使館にメールしたらネットでアポイントを取るように。との返信があったので仰せのとおりに。初めてのオランダ大使館に行ってきます!




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フルマラソンのアフターケア

当日の夜はともかく、4日くらい経っても膝に痛みが残るというのはちょっと想定外。痛みが軽くなりだしてから調子に乗って歩いたりしてたからか。。。1週間後の留学への出発まであと痛みを引きずりたくなかったので、初体験のスポーツマッサージへ。

神田にある、ケッズスポーツマッサージ 神田小川町を利用。ここの系列は都内と名古屋にあって、マラソン大会の前に参考に読んでた「走り亀〜ヘタレランナー フルマラソンへの道」
で紹介されていたところ。この走り亀さんになんとなくシンパシーを感じていたので、きっといいところだろうと予想していった。

お金を払ってマッサージしてもらうのは初めてだし、人に触られたりするのが苦手なものの、ここは色々な初体験としてやっておこう!という気持ちで。25分のコースで下半身中心にしたマッサージで、くすぐったさは思ったよりも平気だったものの。。。何箇所か強めに指圧されて激痛で、テレビとかでやってる罰ゲーム並みのリアクションしてしまったり、くすぐったくて脱力したり、盛りだくさんな25分間だった。自分で出来るマッサージや、太腿の前の筋肉が少し足りないから強化した方が良いとアドバイス頂いたり、良い経験となった。

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2017年10月05日

フルマラソンへの道のり【5】完走後の考察など

完走後の夜は、当然のようにとてつもないエネルギーを使い、かつ身体中にいろんな負担をかけて走り・歩き終えたので、食事もそこそこに猛烈な眠気が襲ってきた。
いつもよりかなり早い時間に就寝するも、今度は体が熱くてあまり眠れず、特に膝は熱を持っていたために保冷剤でアイシングしながらまた布団に向かう。実家から大会に参加できたのは色々な意味で良かったけど、寝床のある2階からの階段の上り下りが地味にキツかった。

初マラソンを終えて。
色々と好条件も重なって完走することができたけど、やはりもう少し無理なく走れるペースでコンスタントに行くのが理想だなと感じたり、足の筋力がまだ足りないから今度は筋トレもしていきたいなとか、今回の反省を生かして次はもっとレースを楽しめる体づくりをしていきたいという気持ちになった。
決意から本番まで、走ることを通じて、食事がすごく美味しく感じられるようになったり、自分の体のことを前よりも真剣に考えるようになったり、少しずつ走れる距離が伸びて自信に繋がったりと、色々な変化があった。日常的には新陳代謝が良くなって、踵のカサカサも解消したり、なんとなくスマートになったと周りの人に言われたり(体重は変化なしですが。。。)嬉しい変化も。

何よりも、前の自分からは想像できなかったが、走るのが楽しいと思えるようになった。
オランダに行ってからも、時間が許す限り走り続けて、ヨーロッパの各地で開催される大会に参加したいと思う。
以前から一度は走ってみたかった、メドックマラソンをはじめとして、モンサンミッシェル、アルザス、ウィーン、近場でロッテルダムなど、今から想像するだけでも楽しみだ。
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フルマラソンへの道のり【4】あっという間に本番当日!

HPや雑誌を読んだ結果、本番前はそんなに走りすぎないのが良いらしいということ、前日くらいからはエネルギー補給のために炭水化物を積極的に摂った方がいい。とのこと。それらを参考に、2日前くらいから普段通りの食事に気持ち多めにご飯も食べるように気を付けて、本番に挑む。

当日は会社の後輩の応援のために埼玉から駆けつけた叔父に会場まで送ってもらい、一緒に参加する姉や姉のトライアスロン仲間の皆さんと記念写真を撮ったりイベント楽しむモードでスタートを待つ。
母がスタートから12-3キロ地点で沿道から応援してくれることになったので、そこまではなんとか走り続け、その後は出来れば半分までは行って、それ以上キツイ様子だったら、なるべく会場から近いところでリタイアしよう。と、心に決めて(?)スタート。

今回の大会は、4ウエーブで10分おきのスタートで、私は(予想タイム5時間で申請したため)3番目のグループだったため、先頭がスタートしてから20分後のスタート。例えば東京マラソンのような大きい大会ではスタートまで1時間くらい待ったりもするらしいけれど、整列から先頭グループの走り出しまで30分もなかったように記憶している。

経験者に聞いていた通り、スタートの後はそんなに全開で走れる状況ではなく、周りに合わせて、でもオーバーペースにならないように気をつけながらの走行。後から知った事だけど、大会当日に開通したかさ上げ道路で右手には田んぼと見慣れた山々を、左手には防波堤とその向こうにある海を感じながら快適な環境で、気温も22度くらい、心地よい晴天だった。
初めての大会で、普段の黙々と1人で走る練習と比較して、周りの人の格好を見たり、ゼッケンに書いてあるメッセージを読んだり、そんなことをしているうちにあっという間に10キロ経過して橋を渡って地元の町に突入した。橋の上では折り返して来た姉とすれ違って、なんだか具合が悪そうで大丈夫かな?なんて思ったりもしたけども、とにかく自分が出来る限り走ろうと前へ進む。

今回の大会は、給水ステーションがかなりたくさん用意されていて、11キロちょっとでは地元名物の「はらこ飯」も用意される。(大抵の大会は、20キロ以降にしか食べ物は用意されないらしいが、震災の影響でもう住めなくなった地域にも給水・食事ステーションを設置して1日だけでもコミュニティを復活するというコンセプトだった)速度を落としてはらこ飯を受け取り、こぼしながらも口に入れて完食。

この辺で少しトイレに行きたくなり、ロスタイムも気になるけど、我慢して走るのも体に悪いので並ぶ事に。地元の小学生が大漁旗振りながら応援してくれている横で、少しストレッチなどしながら順番を待った。多分、ここでの小休止がいい作用をもたらして、この後20キロくらいまでほとんど辛く感じずに走ることができたのではないかと自己分析。応援に来てくれた母親にも会うことができて、自己最高走行距離を伸ばしていく。

14キロ過ぎて未知の領域に差し掛かった時点で、ここまで来れたら後はどこまで行っても自己最長ランニング。とにかく行けるところまで!という気持ちになった。

結構順調にハーフの計測地点を通過して、時間はスタートから2時間半ちょっと。制限時間は6時間半だから、後は4時間弱で21キロ走ればいい。なんだったら、ほとんど歩いてもゴールできちゃう⁈などと計算して、一気に気が楽になる。ただ、いつ脚が痛くなって歩くスピードがガクンと落ちるかも分からないから、とにかく走れる間はゆっくりでも確実に走ろうと、徐々に歩きと走りを繰り返すような状況に、さらに歩きがメインに。偶然、中学の同級生が沿道から応援してくれているのに会ったり、折り返してきた姉や姉のお友達とすれ違った時にはヘロヘロになりながらも走っている時で、なんとなくラッキーというかタイミングよく走りを織り交ぜれた。

25キロ過ぎたあたりからは、折り返してきた早いランナーたちとの対面走行になったが、疲労が溜まっていることもあって一体いつになったら折り返せるのか。。。と途方もない気持ちになってきた。
30キロくらいを過ぎた時点で、脚が棒のように感じられて、走るということが出来なくなってしまい、そしてとうとう膝も痛くなりだして、感覚的には膝の周りだけ脚が2倍ぐらいの大きさに膨れてるようなイメージで、曲げれないし重いし。。。
そんな状態でもとにかく前進し続ければ制限時間内にゴール出来そうだったし、すれ違った時に姉からも「ここからずっと歩いてもゴールできるよ!!」と励まされたので、その言葉を支えに歩き続ける。32キロの折り返しと補給ステーションでは、磯焼きとセリ鍋というかなり魅力的なメニューで、ゴールできなくてもそこまでは行くぞ!というモチベーションにつながった。実際はせり鍋の方には列が出来てたのでホタテの磯焼きだけもらって歩きながら食べた。その時にはホタテを噛むのさえもちょっと辛いくらい、相当疲労が溜まっていたけど、食べるとやはり元気が出て、後は今来た道を戻ればゴール!と自分を励ましながら前に進む。

最後の方になると、地味に辛かったのは海風と口の中や下唇の乾燥で、リップクリームを持参し忘れたことを後悔しつつ、仕方がないので給水でなるべくこまめに口を湿らせた。いくらほぼ歩いているとは言え、だんだんお腹も空いてくるし力が抜けてくる感じもあったので、持っていたエナジードリンクや、チューブ入りのハチミツエキス、タブレット、補給ステーションでもらった飴や梅干しを口に入れながら歩き続けた。
マラソンでの補給を焚き火にたとえて解説してる栄養士の方のアドバイスによると、レース前や走りながらのタイミングにあった栄養素の補給は必要で、心のどこかに、せっかく走ってカロリー燃やしてるんだから、高カロリーのゼリーを食べるなんてもったいない思いがあったけど、本当に大事だな〜と身をもって実感。普段の練習は食べてすぐだとお腹も痛くなるし、走りながら何かを食べるというのは想像できなかったけど、やってみると自分でも必要だと感じるタイミングがあるし、何も食べなかったら空腹で動けなくなりそうだ。唯一のネックは他の大会でも補給の食べ物の定番であるバナナが嫌いという。。。今回も、覚えているだけで2箇所くらいはバナナ出されてたけど匂いを嗅ぐのもあまりなので距離をとって避けて通過した。

残り一桁になってからは、道路の轍や傾斜もかなり足にきて、できるだけ轍の少ない部分か、轍の底の部分に足をつくようにして負担を減らしたり、脚が上がらなくなってからは腕を振って少しでも走れるようにしたりしないと前に進めない状態に。でも、もうここら辺になったらリタイアする気は全く無くなってとにかく早くゴールしてアイスまんじゅう食べるぞ〜!!という気持ちに切り替わってきた。

永遠に続くかのように感じられたマラソンも、あと2キロ、1キロと最後のカウントダウンに入り、ボロボロになりながらもなんとか6時間ちょっとでゴール。そのすぐそばに姉と姉のお友達が待っていてくれて、完走直後の写真撮影の後、着替えを受け取って家路に着いた。

その、家路も結構きつくて、会場から2.5キロくらい行かないと駅がない上、シャトルバスが出ているはずなんだけど全く見かけないし発着場がえらく遠い。膝の痛みもありつつ、歩いて最寄駅まで行って、電車を待つ間にビールで祝杯。本当に美味しいお酒であった。


コースマップ。
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まだ余裕あったころ。9キロくらい
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ゴール直前。やっと終わる安心感でホッとしてる。
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フルマラソンへの道のり【3】暑さの峠を超えて

初マラソンへのカウントダウンが始まった9月、日も短くなり暑さも和らいできて、夜や週末の日中のランニングがぐっと楽になった。
とはいえ、結果的にハーフも走れず、気合い入れて最後のロングラン!と思って始めた練習も最長13キロ止まりで、42キロ走る自分の姿が全く想像できない。

もともと、結構諦めの早い性格でもあるし、追い込まれると逃げ出したくなるタイプなので、今までの練習の成果を出せればいいし、走るのが楽しいと感じられるところまで頑張ってあとはリタイアでもいいかな。というかなり弱気モードに切り替わって行った。

今更という感じで、大会の2週間ほど前に購入した靴やインソールのおかげで、普通に走っている限りは膝が痛くなったりすることもなくなり、それが唯一のプラス要素?という感じであっという間に大会の日が迫って来た。

最後の方は、自分の気持ちを上げるためにもグッズを揃えることが楽しくなり、ランニング用のウェアに限らず、ガーミンのGPS内蔵腕時計?ForeAthleteR 220JやらアップルのAirPodsやらまぁ色々購入。そのおかげもあって、ワクワクする感じで本番当日に。

2017年8月の走行距離: 71.2km
2017年9月の走行距離: 74.8km
(total: 423.3km)

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posted by おおゆき at 13:48| Comment(0) | Run | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする